高橋美江 絵地図師・散歩屋
窪島誠一郎「ある若い画家への手紙」−信州の二つの美術館から−
もぐら庵の一期一印
文字のいずまい
vol.13

現代版「茶掛け」としてのインテリア書
臼田捷治(デザインジャーナリスト)
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 野氏が掲げた理念に賛同し、最初に手を差し伸べた書家が、書道芸術院常任総務の浜田尚川氏(高知市在住、一九三二年生まれ)だった。実は植野氏は浜田氏が小学校教諭時代だったころの教え子でもある。
 田氏は「植野さんからインテリア書を始めたいとの話があり、よし、と意気投合して作品をどんどん送っているところです。インテリア書とは生活の中に生きた書であり、現代にふさわしい作品だと理解しています。テーマとなる文字はたくさん提示してもらっていて、文字のイメージが生きるように、私の表現で思い切ったものにしています」という。
 から、植野氏から要請されるなんらかの方向づけのもとで書いているわけではない。浜田氏は次のように補足する。「書の本質は生きた線にある。ただ文字を書くだけでは意味がない。作品から訴えてくるもの、心を引かれるものがなくては……と考えています」と。
 野氏もまた「インテリア書とはそれっぽく書くということではない。本質はあくまでも書としての魅力であり、その書家独自のものを書いてもらっています。展覧会や個展を見て、私が共感する字の書ける方を探すことが基本。書道界を超えたところで日本のインテリアアートを発信していきたい」と抱負を述べる。キャレモジ協力書家は、このほか前記清水恵さん(東京書道会審査会員、毎日書道会会員ほか)や新進では一九七七年生まれの田中逸齋氏(読売書道展受賞多数)など十名に近いメンバーで編成されている。

浜田氏のキャレモジ作品「宙」


同「笑」
(作品左側のほぼ三分の一を
黄色の矩形色面が占めている)

 野氏の企図が実を結んでいる理由のひとつに、書道界が美術館での発表に偏した結果、その表現が展覧会芸術と化していることも挙げられないだろうか。作品が大型になり、また所属する団体が志向する表現の枠内にとらわれている傾向がほの見えるなど、現代に生きる我々の生活感覚との間に齟齬が生じているように思えてならないのである。 
 人で美術評論家の建畠晢氏が著書『ダブリンの緑』(五柳書院)の中で次のように指摘していることは暗示的である。「かつては注目すべき運動はアーチストの横の連携から生まれたきた。しかし今日では彼らの目は常に美術館の方を向くようになってしまっている。新しい動向はまだ萌芽のうちに、運動としての機運が熟成される以前に、美術館によって摘み取られ、スリリングな展覧会に仕立てられてしまう」。
 道界の力学とは一線を画す植野氏の取り組みは、かつての草庵茶道形成者たちが、唐物絵画が必須とされた従前の定則に縛られず、禅僧の墨蹟などを「茶掛け」として採り入れた大胆な発想を想起させる。キャレモジは現代版茶掛けの役割を果たしているといえるのではなかろうか。

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