高橋美江 絵地図師・散歩屋
窪島誠一郎「ある若い画家への手紙」−信州の二つの美術館から−
もぐら庵の一期一印
日野之彦
小滝雅道
遠藤彰子VS佐々木豊
長谷川健司・中野亘
松本哲男
やなぎみわVS佐々木豊
清野圭一
Jean Claude WOUTERS ジャン・クロード・ウーターズ
長尾和典VS鷹見明彦
わたなべゆうVS佐々木豊
カジ・ギャスディン・吉武研司
千住博VS佐々木豊
山本容子VS佐々木豊
諏訪敦×やなぎみわ
中山忠彦VS佐々木豊
森村泰昌
佐野紀満
絹谷幸二VS佐々木豊
平野薫
長沢明
ミヤケマイ
奥村美佳
入江明日香
松永賢
坂本佳子
西村亨
秋元雄史
久野和洋VS土屋禮一
池田学
三瀬夏之介
佐藤俊介
秋山祐徳太子
林アメリー
マコト・フジムラ
深沢軍治
木津文哉
杉浦康益

千住博氏

'Round About

第26回 千住 博 VS 佐々木 豊

現在、ニューヨークにアトリエを構え、世界を舞台に活躍している千住博。
華やかにデビューを飾り、日本画家として、全く類型にない足跡を確実に歩み続けていると誰もが認識してしまうほど、千住はエネルギッシュで、しなやかだ。そんな彼の辞書にも挫折や苦悩の文字が在ったこと、たゆまぬ努力の結果であることを、佐々木豊氏が軽妙な会話の応酬からあぶり出す。

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  成功のコツは成功するまでやること  
   
 
初披露の苦労話
佐々木:千住さんは、生きている間に海外も評価し、日本の画壇も評価するという、日本美術史初の快挙をなしとげた。今日はずばり東西画壇成功の法を聞きたい。
千 住:ちょうど僕が大学を出た頃は、バブルがはじけて絵画ブームも終っていて、実に荒涼としていました。とにかく自分の気持が通じるまではと画廊に売り込みをしましたが、どこもかしこも相手にしてくれない。今でもよく、千住は売り込み上手な絵描きだと言われるんだけど、その時身に付いてしまったものです。なんとかして自分の展覧会を開いてもらいたいという切実な思いがありました。
佐々木:オーケイはいつ出たんですか。
千 住:オーケイは出てないんです。気がついたらこうなってた。
佐々木:団体展は創画会でしたね。
千 住:在学中に五回連続で出しました。そのうち一回落選して三回が賞候補でしたが賞はとれませんでした。
佐々木:やめたきっかけは。
千 住:そこでは自分の能力は評価されないと思ったからです。今考えると生涯の代表作と思われるものも出していましたが、それでも認めてもらえませんでした。
佐々木:それまで日本画の世界は、師匠がいて、院展、日展、創画会のどこかに入っていないと世に出られなかった。だから、あなたは街の中から成功した史上初の画家のひとり。だけど、辞めれば無冠だよね。あるのは芸大卒というちっぽけなもの。それでよく街の画商さんがサポートしてくれましたね。
千 住:画商さんではなくて直接絵を観る人につながりたいと思っていました。
佐々木:そう思っても、画商が呼んでくれないとその時には無冠でしょう。
千 住:だから画商にも、絵はわからなくていいから僕を信じてくれと頼みました。なんとかして人を説得するというのもある意味で芸術的行為だと思います。
佐々木:千住氏から熱心に口説かれるとこの男はやるぞという迫力を感じるだろうね。
千 住:成功する秘訣って何かと聞かれるんですが、結論だけ言えば、成功するまでやったかどうかだと思います。プライドとかもあって、みんな途中でギブアップしてしまう。僕は全部捨てて、信じてくれるまで信じて欲しいと言い続けた。
佐々木:こんな貴公子からこういう苦労話を聞くとは意外だ。
千 住:今まで苦労話をしたことはないんですが、今日はそのつもりで来てます。
 
   
 
熱心な売り込み
佐々木:ニューヨークの個展のきっかけは。
千 住:ある時、ハワイのアトリエにメトロポリタン美術館のキュレーターが訪ねてきたんです。その人が紹介してくれたニューヨークの画廊に、まだ描きかけの絵を持って、熱心に売り込みをした。売り込みというのは通じるまでやるというのが鉄則で、根負けしてくれたんです。当時はかなりミニマルな、白黒で描いたような夜明けのキラウエア火山の絵でしたが、これがニューヨークのギャラリーガイドの表紙になった。
佐々木:そこの個展で絵は売れたんですか。
千 住:それほど売れなかったんですが、評価はありました。さまざまな雑誌に載りましたし。
佐々木:売れなければニューヨークで部屋を借りるということはしんどいでしょ。
千 住:命知らずここに極まるという感じで、乗っていた創画会という豪華客船から一か八かで太平洋に飛び込んでいったような感じです。どの画廊も十人くらい作家を抱えていて、ひとり一ヶ月ずつ展覧会をやって、駄目な作家から切っていって新たな作家を入れていく。だからその画廊のトップテンに入らないと展覧会はおろか、まったく収入の道はないんです。
佐々木:千住博というと国際派という印象が強いけど、今は収入の比重は円とドルとではどちらに。
千 住:アメリカの画廊との付き合いがありますから比重としてはドルも相当ありますが、日本の場合はとにかく個展が多いので、円の割合が高くなってしまいます。
佐々木:どんどん収入が増えていいですね。
千 住:ただ、今は大徳寺聚光院の作品にしてもビエンナーレや大きな展覧会など、持ち出しというか、無償の作品も多いんです。



 
   
 
抽象画へ向う「ウォーターフォール」
佐々木:ヴェネツィアビエンナーレに発表した「ウォーターフォール」が一躍話題になったわけですが、滝という確固としたイメージがあったのか、絵の具が流れ落ちるのを見て感動したのか、どちらがきっかけだったんですか。
千 住:巨大な水の固まりが上から下に落ちてくる迫力を描きたいと思ったんですが、ちまちま描いていたのではそれは表現できないだろうとジレンマがあった。その模索のなかでふと絵の具を上から流していたんです。そういうことが絵画として許されるか許されないか考える前に、どうしてもそうせざるを得ないという内的な欲求がありました。
佐々木:絵の具は垂直に流しているの。
千 住:色々な角度から流しています。流す角度によって流れる時間が違う。だからさまざまな時間が画面に内包されています。
佐々木:最近はカラーの「ウォーターフォール」になった。これからも滝を描いていくにしても、引力の法則はいつまでも同じなのだから、どんなに絵の具を変えたって見た感じは同じではないだろうか。