高橋美江 絵地図師・散歩屋
窪島誠一郎「ある若い画家への手紙」−信州の二つの美術館から−
もぐら庵の一期一印
金井訓志・安達博文
クラウディア・デモンテ
森田りえ子VS佐々木豊
川邉耕一
増田常徳VS佐々木豊
内山徹
小林孝亘
束芋VS佐々木豊
吉武研司
北川宏人
伊藤雅史VS佐々木豊
岡村桂三郎×河嶋淳司
原崇浩VS佐々木豊
泉谷淑夫
間島秀徳
町田久美VS佐々木豊
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諏訪敦×やなぎみわ
中山忠彦VS佐々木豊
森村泰昌
佐野紀満
絹谷幸二VS佐々木豊
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長沢明
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入江明日香
松永賢
坂本佳子
西村亨
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久野和洋VS土屋禮一
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三瀬夏之介
佐藤俊介
秋山祐徳太子
林アメリー
マコト・フジムラ
深沢軍治
木津文哉
杉浦康益
上條陽子
山口晃vs佐々木豊
山田まほ
中堀慎治

間島秀徳氏
'Round About

第42回 間島秀徳

「現代日本画の旗手」として注目されてきた間島秀徳氏だが、その制作活動初期から「現代」に挑戦し、対決する姿勢を一貫して保っている。今回、香染美術において発表した《kinesis No316 hydrometeor》は、高さ245cm、幅150cmのパネル6枚の裏表に青と黒を基調とした円環する世界を描き切り、六角体として立てて展示している。この「現代性」について話を伺った。

※画像はクリックすると拡大画像をひらきます。 
 
 
●2004年11月には《Kinesis no.215》(200cmφ)とその他2点を茨城大学五浦文化研究所内にある六角堂に展示した「Kinesis in 六角堂」がありました。日本画というと美術館内では照明を暗くしたり、湿度を調整したりして気を使うものですが、この展示で潮風に吹かれ、直射日光に浴びせられてもびくともしない間島作品に私は驚きを感じ、感銘を受けました。この時の、夜明けから日の入りまでの光線の当たりによる作品の表情の変化を収め15分に編集した映像作品と、まるで五浦の海のような作品《Kinesis no.263(hydrometeor)》(230×580cm)、no.215よりも一回り大きい《Kinesis no.262(cryptozonic)》(235cmφ)を展示したのが2005年6月の京橋・ASK? art space kimura に於ける《Kinesis:新たな生成の場》でした。映像のno.215と実体のno.262が左右に展示され入り混じり、no.263が奥の壁面一杯に支配する模様は、単なる展示の枠を飛び越えて、インスタレーションとして展開していると感じました。2006年9月は間島さんのお膝元、茨城・テラタスタジオで《Kinesis no.294(hydrometeor)》(240_720cm)の展覧、今年1月は新橋・閑々居で《Kinesis no.301》(150_540cm)を中心とした展示がありました。共に平面作品ではありましたが、ダンスパフォーマンスが行われました。このように単なる絵画を展示する枠を突き抜ける発表で、今回は絵画が六角堂状態に立っています。やはり五浦での展示との関連はあるのでしょうか。
 
間島:繋がっていますよ。それは六角に限ったことではありません。私は制作当初から「平面に描く」ことだけではなく、支持体を立方体にしたり、海岸で展示したり、建築とのコラボレーションを行なっています。自分の制作をトータルに計算しているのではなく、一つの作品が出来上がった時に次の作品を考える。だから今回の作品も一連の流れであり、必然なのです。  
●今回の立体展示は、間島さんのアイデアなのですか?
間島:ここのギャラリーの方と御話していて、立体的なものということになりました。私は彫刻家ではないので、自ずと屏風形式になりました。画廊に作品を持ってきてここで六角に繋げて展示したのですが、思ったより圧迫感があって苦しい。入口を複数作ることによって、それを回避しました。絵が離れてしまっていますが、何となく繋がっています。両面とも、世界観が円環するように描いています。無造作に繋がって立っていればいいのです。
●「世界観が円環」しているにも関らず、「無造作」であると。
間島:総てを見通せないところに、意味があるのです。意図的に、断片を見ていただきたいのです。

●「断片」の意味を教えて下さい。
間島:一つ一つが自律しながらも、繋がっていながらも独立する。それは「見えなく」とも「見える」という発想からきています。見る側に動きを要求することは、「見る」ことの要求でもあります。見る側が作品から何かを「促される」、そういう絵画を描きたいのです。
 
●間島さんは六角堂の展示の頃、「…ギャラリーや美術館の、いわゆるホワイトキューブのような限定された場所以外での展示に興味があったんです」(アートトップ2005 6/7 vol.204、40頁)と仰っていましたが、今回の作品は、場所によって作品の見え方が変わるのではなく、作品によって場所が変わってしまう、即ち作品自体が「場所」のように見受けられます。  
 
間島:作品が何もないところから空間を創るのが、本来の美術の役割ではないでしょうか。今回よく「もっと広いところで展示してはいかがですか」といわれますが、私としては「広いところ」でなくともよい。「限定された空間」でも作品の見え方が違ってくることが重要なのです。
●確かに作品の周りを歩いているだけでも、見る者自身の影によってライティングが変ります。それによって同じ箇所であっても作品は表情を変えます。このような手法は、日本画という従来の様式でありながら、電力などの他の力に頼らず作品のみで成立しているという点で、ビデオインスタレーションという「現代」の手法に勝ります。以前「日本画という伝統的な表現に打ち込んでいると考えるとき、革新的な表現を求めることこそ伝統であるという言い方もできます。ある程度、日本画の手法や伝統から逸脱しても、逆にそれが日本画の王道であったりするのではないでしょうか。」(アートトップ2005 6/7 vol.204、42頁)と仰っておりましたが、このことを指すのでしょうか。
間島:私にとって「作品」が総てですから、日本画という「様式」や「伝統」を戦略的に用いているのではないのですね。もう次の作品について考えています。また、今回の作品を様々な場所に「巡回」したいとも思っています。
●それは「天心がはじめた巡回展にしても現在、マーケット的に画商がうまく活用している部分はあるものの、作家たちが絵を売るためのステージとして安易に考えてはいけないように思います」(アートトップ2005 6/7 vol.204、42頁)という発言に対応しているのですね。
間島:そうです。
 
●この点においても、「現代」と戦っているのですね。次に、間島秀徳というと筆を使わず水の「自然」=「偶然」の動きを取り入れて制作しているというイメージが先行している現状について伺いたいと思います。
間島:確かに私の作品では「水」が重要です。以前から「水」を立体的な形にするために必要な物質性を探究してきました。即ち「水」の作品が成り立ち得ると気づいたときに、「重さ」が必要になりました。水が垂れて、流れ、滲み込むときに、過剰ではない僅かな砂や大理石との対峙が画面の奥行きを引き出すのです。
 
 
●「水」が重要なのですね。
間島:そうなのです。それが何かは自分でも良くわからない。わからないから描き続ける。現在「偶然」と「意図的」のバランスはギリギリです。筆を用いず水を流しただけでも描けてしまうという感触はあるのですが、では「偶然」とは何かということを、前から自己に問い続けています。以前は始めに和紙に墨を「塗り」、そこに生れる染みや斑からインスピレーションを得て制作を進めていました。以前からやっていないことはなかったのですが、ここ二、三年は、先ず下図までいかないドローイングを描きます。描いて体に入れる。それから墨や水で「描き」始めるのです。だから最近の仕事は、アドリブや即興ではありません。画面のサイズも、ギリギリです。無闇に大きければいいというのではなく、自己が解放される大きさを指します。先日、京都国立博物館で行われている「狩野永徳展」に行きました。特に聚光院蔵《花鳥図襖》を見ると、永徳が持つ筆の力は勿論ですが、大画面に向かう身体性に強く惹かれました。私もこれがギリギリではなく、もっと大きい作品が描けるかも知れません。
●いつも「ギリギリ」なのですね。だから常に作品のクオリティが落ちない。
間島:私の作品は顔料、砂や大理石、水性のアクリルを用いているので、単なるマチエールと見做される場合があります。しかし同じような用法の中にこそ、違いを見つけなれば成りません。それは創る側も見る側も同様だと思います。
●制作方法に変化があっても、「Kinesis」という用法は一貫し続ける。最後に伺います。間島さんは何を探しているのでしょうか。
間島:私は以前から「イメージの発生」、近年は「映像的なもの」を、作品を描きながら見ようとしています。
 
(協力/香染美術 2007.11 取材/宮田徹也)  

 

間島秀徳(まじまひでのり)
1960年 茨城県に生まれる
1984年 東京芸術大学美術学部絵画科日本画専攻卒業
1985年 東京芸術大学大学院美術研究科修士課程修了
'00〜01年 文化庁在外研修員としてフィラデルフィア
      (ペンシルバニア大学)、ニューヨークに滞在

展覧会
1986年 「水水水展」/ワコール銀座アートスペース(東京)
    PROJECT1「間島・渡辺COLLABOLATON」
    /九十九里(千葉)
    PROJECT2「闇の視界・幾何の森」
    /スタジオ4F(東京)
1987年 PROJECT3「目に見える物よりできる限り遠く離れて」/秋山画廊(東京)
1988年〜 個展/以降毎年開催 ギャラリーなつか/ギャラリーサージ/閑々居/テラタスタジオ
      /ギャラリエアンドウ/香染美術/コートギャラリー/他
1993年 「現代絵画の一断面「日本画を越えて」/東京都美術館(東京)
1994年 「日本画家の青春 新たな時代を開く」/郡山市立美術館(福島)
1995年 「山種美術館賞展」/山種美術館(東京) 
1996年 「冒険美術-水のいたずら」滋賀県立近代美術館(滋賀)
1997年 「チバ・アート・ナウ'97 現代美術というジャンル/佐倉市立美術館(千葉)
    「「日本画」純粋と越境」/練馬区立美術館(東京)
    「フィリップモリス アートアワード1998」/東京国際フォーラム(東京)
1998年 「〈美術と自然〉アート・オン・エレメント」/北海道立釧路芸術館(北海道)
    「VOCA展'99」/上野の森美術館(東京)
1999年 「Prime:記憶された色と形」東京オペラシティアートギャラリー(東京)
    「こころのパン」芸術の家/デイルメンデレ(トルコ)
    「Small Print Show」 / Fox Gallery (upenn,Philadelphia)
    「Large Print Show」 / Meyerson Gallery (upenn,Philadelphia)
    「FOLIO 2001 Burrison Art Gallery」 /Faculty Club (upenn,Philadelphia)
2002年 「カフェ・イン・水戸」/水戸芸術館、他
    「第1回東山魁夷記念 日経日本画大賞展」/ニューオータニ美術館(東京)
2003年 「文化庁買上優秀美術作品披露展」/日本芸術院会館、東京(目録)
    「現代の日本画その冒険者たち」/岡崎市美術博物館(愛知)
2004年 「超日本画宣言」/練馬区立美術館(東京)
2005年 「両洋の眼」/日本橋三越(東京他巡回)
    「「絵図」と「絵画」の間で」/京都造形芸術大学ギャルリ・オーブ(京都)
2006年 「水をめぐって、光を追って。」/日立市郷土博物館(茨城)
2007年 「賛美小舎」/練馬区立美術館(東京)
    「水のかたち展」/茨城県近代美術館(茨城)

パブリックコレクション
練馬区立美術館/北海道立釧路芸術館/文化庁/岡崎市美術博物館/日立市郷土博物館