高橋美江 絵地図師・散歩屋
窪島誠一郎「ある若い画家への手紙」−信州の二つの美術館から−
もぐら庵の一期一印
金井訓志・安達博文
クラウディア・デモンテ
森田りえ子VS佐々木豊
川邉耕一
増田常徳VS佐々木豊
内山徹
小林孝亘
束芋VS佐々木豊
吉武研司
北川宏人
伊藤雅史VS佐々木豊
岡村桂三郎×河嶋淳司
原崇浩VS佐々木豊
泉谷淑夫
間島秀徳
町田久美VS佐々木豊
園家誠二
諏訪敦×やなぎみわ
中山忠彦VS佐々木豊
森村泰昌
佐野紀満
絹谷幸二VS佐々木豊
平野薫
長沢明
ミヤケマイ
奥村美佳
入江明日香
松永賢
坂本佳子
西村亨
秋元雄史
久野和洋VS土屋禮一
池田学
三瀬夏之介
佐藤俊介
秋山祐徳太子
林アメリー
マコト・フジムラ
深沢軍治
木津文哉
杉浦康益
上條陽子
山口晃vs佐々木豊
山田まほ
中堀慎治

園家誠二氏
'Round About

第44回 園家誠二

精緻なデッサンを繰り返し、微細な筆遣いで特殊な風景を現しているのかと思わせる彩色画は、実は現代の「文人画」であった。画題/素材/具象/抽象と混迷を極める現代「日本画」を余所目に、園家は黙々と自己の信ずる絵画へ向かっていく。個展会場、新橋・閑々居で話を聞いた。

※画像はクリックすると拡大画像をひらきます。 
 
   
●描かれている風景は、何処の場所でしょうか。
園家:何処という景色ではありません。子供の頃見ていた故郷の景色や長く住んでいた土地、普段見ている風景、つまり今まで見てきた日本の景色を描いています。取材をしないので、眼に浮かんでくるもののみです。そして、具体的な「何処」ということにならないように注意して制作しています。
●ということは、山水画と言っていいのですか?
園家:理想郷を描く山水画とは、異なります。もっと身近で、私の中にある世界です。
●極めて個人的な作品でありながらも、普遍的なイメージがありますね。「この絵はこの景色でしょう」と聞く人もいるのではないのですか?
園家:ですからどう見えてもいいのです。見る人が決めればいい。そのため、個々に作品名はなく、総体として「山 川」にしています。
 
●「山」と「川」にスペースが入っているのですね。この「間」というものは、どのような感触なのでしょうか。
園家:空間や空気感を出したいと思ったのです。私は「固有名詞のついているもの」を描きたいのではありません。ですから「形」や「輪郭」といったものが曖昧になっているのかもしれません。
●それはなぜですか?
園家:そうしないと見えてこないものがあると思っているからです。
 
 
●前回のギャラリー・アート・ポイントの展示(2006年1月23日(月)-2月4日(土))におけるインタビュー(http://www.kgs-tokyo.jp/interview/2006/060123b/060123b.htm)で、「過剰な意識がなく一歩距離をおいたところで、描けるようになってきた」と御話されていますが、今回は如何でしょう。
園家:基本的な制作のスタイルは、制作を始めた時期から今日まで一緒です。かつては、画面の中で「遊ぶ」というか、試行錯誤しているうちに出てきたものをそのまま作品にしてきたような感じだったのですが、最近、特に今回の作品群では客観的な視点から主題とでもいうような「伝わるもの」を意識して制作してきたところがあります。
●作品は豪華な屏風にも見えますね。絹に描いたように輝いています。
園家:《山 川No.1〜5》はP60号を半分にした47×130cmになっています。《山 川No.6》は、P50をそのまま二枚並べたものです。絹本は使っていません。雲母や金泥がそうさせるのでしょう。
 
 


●どのような制作方法ですか?
園家:薄塗りをとにかく重ねます。暈しの効果のため、口で吹きつける作業も行なっています。
●エアブラシの効果ですね。
園家:そうです。その他、刷毛を用いますが「面」になってしまいがちなので、絵の具の粒子の層が生きるように心がけています。
●素材は何を使っているのですか?
園家:雲肌和紙に膠、岩絵具、墨、アクリル、雲母、金泥などです。墨は比較的多く使います。アクリルは暈すためです。No.4の白い部分は胡粉ではなく、白く粗い岩絵具です。
 
●どの位のペースで完成に向かうのですか?
園家:半年位かな。イメージが浮かぶと早いですよ。寝かせて反芻して仕上げます。今回は一年前に個展を決めて、イメージして、夏前くらいからパネルに紙を張って、実際に制作を始めました。
●現代「日本画」の動向につきましてはどのようにお考えですか?

園家:私が使う画材は日本画のもの、描いているのは日本の風景のようなもの、それが「日本画」であれば日本画でしょうし、そうでなければそうでない。日本画を意識しているわけでもなく、こだわってもいませんよ。自分が描きたいものをやっているだけです。
 
●では、「日本画」の抽象性についてはいかがですか?
園家:具象を壊すのであれば抽象でしょうが、リアリティでは具象でしょうから。具体的な形が見えそうで見えないところに私はいると思います。
●なるほど。好きな日本画家はいらっしゃいますか?
園家:山口薫とか好きですね。情感がある。日本画家はすぐに浮かばないなあ。
●〈現代「日本画」の展望〉図録において、野地耕一郎氏が「外側にある自然と画家の内なる自然とをつなげる大胆さを呑み込みながら、とてもナイーブで丁寧な表現は確かに「日本画」なのに、現れたイメージは日本画であることを越えて「絵画」としての高みに達しているように思います。」と書いていますが、その通りかも知れません。なぜ、日本画を専攻したのでしょう。
園家:東京学芸大学に入学した頃、いろいろと試しました。日本画画材の染み込む、流れる、へばり付く等の、様々な表情に可能性を見出したのです。それで伊藤彬先生に学びました。
●日本画の画材と肌があった。
園家:そうです。そこで自己が伝えられるものを出したかった。それは視覚のみならず手触りや温度といった触覚的なもの、長い歳月をかけて味わえる時間的なものを伝えたいのです。




 
●確かに画廊に長い時間いると、見え方が変わってきますね。《山 川No.4》は、初めてみると縦の流れが強く表れ、蒸気のような暈しが印象的ですが、時間が経ってくると岩肌のような部分が前方に迫り出してきます。はっきり見えてくるかなと思うと、再び蒸気が蔓延して画面を支配します。このような独自の絵画に対する見解は、どこから形成されてきたのでしょうか。
園家:ただ自分が見たいものを描いてきたら自然とこうなってきたんです。子供の頃から絵が好きでした。中学生の時は野球をやっていましたが、高校の途中で美術を本格的にやろうと考えました。
 
●どのようなきっかけがあったのですか?
園家:富山の田舎の高校ですから、美術に携わる人物や「画家」といえば、美術の先生しかいませんでした。いい先生でした。美術準備室も居心地がよかったことを思い出します。
●それで、現在のお仕事にたどり着いたのですね。でも、とても高校の教師をしながら制作しているとは思えません。もっと時間もスペースも気持ちもゆとりを持って、制作に向かっているのではないかと思わせる作品です。
園家:時間を多く取れませんが、仕事をしながら制作をすることは楽しいですよ。
●正に「文人画」ですね。「文人画」のルーツは中国北宋以後、職業画の「専門」の絵画に対して、儒教や詩文の教養を備えた文人や士大夫(したいふ)という「素人」の作品にあります。士大夫とは官僚的な印象がありますが、教師でもあると解釈することができます。現在、教師をしながら「山 川」を描く園家さんは、北宋中国で士大夫が山水を描く姿に重なってみえます。
園家:これからも、試行錯誤を重ねて発表していきたいと思います。
 
(協力/アートギャラリー閑々居 2007.12 取材/宮田徹也)  

 

園家誠二(そのけせいじ)
1960年 富山県黒部市に生まれる
1984年 東京学芸大学卒業
1987年 無可有展(銀座・文芸春秋画廊
1987年 隔年95年まで)
1994年 個展(京橋・ぎゃらりーこいち)
1995年 にわび会(銀座・北辰画廊)
1995年 個展(京橋・ぎゃらりーこいち)
1996年 東京日本画新鋭選抜展(大三島美術館)
1996年 にわび会(銀座・北辰画廊)
1996年 個展(京橋・ぎゃらりーこいち)
 

 

1997年 個展(京橋・ぎゃらりーこいち)
1998年 早春の会(新橋・アートギャラリー閑々居)
1998年 個展(京橋・ぎゃらりーこいち)
1999年 早春の会(新橋・アートギャラリー閑々居)
2000年 個展「天神の空から」(新橋・アートギャラリー閑々居)
2001年 現代日本画選抜(大三島美術館)奨励賞
2002年 個展「季節」(新橋・アートギャラリー閑々居)
2004年 個展(銀座・ギャラリーアートポイント)
2005年 個展(銀座・ギャラリーアートポイント)
2006年 個展(銀座・ギャラリーアートポイント)
2006年 現代「日本画」の展望 −内と外のあいだで−(和歌山県立近代美術館)
2006年 個展(京橋・なか玄アート)