高橋美江 絵地図師・散歩屋
窪島誠一郎「ある若い画家への手紙」−信州の二つの美術館から−
もぐら庵の一期一印
金井訓志・安達博文
クラウディア・デモンテ
森田りえ子VS佐々木豊
川邉耕一
増田常徳VS佐々木豊
内山徹
小林孝亘
束芋VS佐々木豊
吉武研司
北川宏人
伊藤雅史VS佐々木豊
岡村桂三郎×河嶋淳司
原崇浩VS佐々木豊
泉谷淑夫
間島秀徳
町田久美VS佐々木豊
園家誠二
諏訪敦×やなぎみわ
中山忠彦VS佐々木豊
森村泰昌
佐野紀満
絹谷幸二VS佐々木豊
平野薫
長沢明
ミヤケマイ
奥村美佳
入江明日香
松永賢
坂本佳子
西村亨
秋元雄史
久野和洋VS土屋禮一
池田学
三瀬夏之介
佐藤俊介
秋山祐徳太子
林アメリー
マコト・フジムラ
深沢軍治
木津文哉
杉浦康益
上條陽子
山口晃vs佐々木豊
山田まほ
中堀慎治

平野薫氏
'Round About

第50回 平野 薫

2006年に横浜市民ギャラリーにおける〈糸と布のかたち〉展、2008年に東京と現代美術館で〈MOTマニュアル 解きほぐすとき〉展等、素材に糸を扱う現代美術作品は注目を浴びている。この動向の中で「布を指でほぐす」という単純な制作方法を用いる平野薫は、その素朴さ故に一際異彩を放っている。個展会場の横浜美術館で話を聞いた。

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●作品の制作意図を教えて下さい。
平野:誰かが着た衣服には、その人の気配がその中に残っています。私は、この誰かしらの気配が残った衣服を一本の糸へと解体してゆきます。布は一本の糸から織られるか編まれるかによってできあがりますので、端から順番に解いてゆけばまた糸に戻す事ができます。しかし誰かに使用されていたそれらの糸は、シャツや下着になる前の糸とは明らかに何かが違います。それらの糸は織機により織られ、仕立てられ、誰かの日常に入り込んだというようなすべてのことを記憶しているようです。この解体=消し去る行為から出てきた糸くずを、順番に結び直してゆきます。機械によって一瞬でつくられたものを、私の手によって膨大な時間をかけて並び替えているのです。
 
●今回の作品で何かしらの変化はありましたか?
平野:作家活動を始めた頃には自分の服を使って自己の痕跡を示しましたが、次第に「誰か」の衣服を用いるようになりました。「誰か」を明かしてしまうと、そこにはその人しかイメージ出来なくなってしまいます。しかし、「誰か」を明かさなければ、作品を見る人は、その中に自由に人物像を思い描くことができるのです。私はこのような事から、この作品が新しい形の肖像に成り得ると思っているのです。今回の横浜美術館が公募した〈OFF SITE〉には「横浜」というテーマがありました。そこで、具体的に横浜に住む「母と子」という新しい挑戦をしました。
 
●これまでの活動を更に一歩進めた作品なのですね。
平野:今回は、ふたり(母と子)の衣服でひとつの作品を作りました。はじめは赤ちゃんの服だけで作品を作ろうと思っていて、素材を貰いに行くときは母親の服も貰えたらいいなくらいにしか思っていなかったのですが、ふたりに会ってみて、ふたりでひとつの作品を作ってみたいと思ったのです。私にはその子供が、もちろんひとりの存在なのですが、母親の一部のように見えたのです。ひとつの作品の中にふたりが存在するというのは、はじめての試みでした。ひとつの作品の中にふたりの存在を入れることで、その関係性が生まれます。特に、今回の「母と子」というふたりはとても象徴的なものでした。見る人によっては、宗教的な意味までも読み取ってしまうような…。しかし、これは新しい可能性の発見でもあります。
 
 
 
●今回に限らず、ほぐす衣服などの素材を見たとき既に完成形を想定しますか?
平野:はい、ある程度はイメージします。逆にそれをイメージできたものを素材として選びます。最終的な形は、その素材のもつ色や形によってかなり決まってしまいます。また、その素材が持つ気配も重視します。いつも素材を探すのには苦労していて早い時は一瞬で決まるのですが、ひと月くらい素材を探し続けているときもあります。

●色という絵画的要素、密度といった彫刻的素質を感じます。
平野:布という面を糸という線に還元してゆく過程で、光をその中に注ぎ込んでいるという意識はあります。絵画でいう画面を空間に置き換えれば、空間に対して線を引いていくという見方もできるかもしれません。しかしその空間の中に視点を定めることを特にしないので、果たしてその色がどこまで絵画的な要素と成り得るのかということはわかりません。糸の作品は、実際は空間に寄りかかる形でしか形を保つことができません。だから、空間と切り離し独立したものとして見せたいという考えもあります。これは矛盾しているように思えるのですが、その場所でなくても作品が成立できる状態をつくりたいということです。糸という存在感の薄いものの集まりで形を作る時には、やはりある程度の密度が必要になります。あまり密度が濃くなってしまうと、糸の中の光の量が少なくってしまう。あることとないことの狭間の中にある状態をつくりたいのです。素材の一部を残している近作には、自ずと作品が中心を持つようになりました。見る人は、この中心部分に人物像を描きやすいのではないかと思います。
●アートギャラリーに展示されている幾つかのこれまでの作品を解説して戴けませんか?
平野:私は、衣服以外の素材でも作品をつくっています。今回の展示作品の中の〈untitled -ring-〉(2007年)は、金の指輪を削って金粉にし、紙に定着させた作品です。これも、誰かが使っていたものです。ネットオークションで購入したもので、最初に手にした時はちょっと気持ち悪かったです。この指輪はくすんでいました。金は金属のなかでも柔らかいので、手にはめている間に少しずつ削れて指輪の中にも色々なものが染み込んでゆくのでしょう。この指輪が持っていた光はとても柔らかいものでした。指輪と聞いて連想するのが、婚約指輪とか、結婚指輪とか。指輪には「契りを結ぶ」という意味もありますよね。この指輪がどういう契りだったのかは分かりませんが、それを想像しながら削ってゆくのは複雑な気分でした。次に、〈dream flower〉(2007年)。これは枕の羽を素材にした作品です。寝ている時の自分は誰も見ることが出来ませんし、朝起きて憶えていた夢もいつの間にか忘れてゆきます。枕は寝ている人の頭をいつもすっぽり包み込んで、夢をその中に貯めているように思えたのです。そこで、枕を開けて中を覗いてみました。すると、たくさんの羽が中に詰まっていた。きっとこの羽一枚一枚に夢が記憶されている。この羽で夢の花を咲かせてみようと思ったのです。このように衣服以外の素材でも作品を作りますが、気配や記憶という目には見えないけれどそこに確かにあるもの、という共通した興味がそこにはあります。


 
●〈MOTマニュアル 解きほぐすとき〉に出展された作品には、いずれも構図があり下図がありプランがありシステマチックでがっちりと創り上げているイメージを持ちますが、平野さんの場合は「素朴」な感触があります。このような「肌」触りが今、現代美術に求められているのではないかと思います。
平野:作り始めた頃は、コンセプトをがっちり固めて、作品の長さを計って、会場の図面をひいて、どこに何を置いて、虫ピンが何本必要で、というところまで計算して何度もシミュレーションをしてから設置に臨んでいました。すると、いつのまにか自分でつくった制約に縛られるようになってしまったのです。そこで、様々な局面で「委ねる」ということを試みてみました。それは、素材だったり、空間だったり。そうすることで、いつの間にか自分がつくってしまっていた枠を飛び越える事ができると思えたのです。糸の作品は形が定まっていないので、その場に行って、合う形を探すことができます。それはたくさんのリスクを背負っている方法かもしれませんが、私にはその場に身を委ねて自然に出てくる形のほうが信頼できるのです。

●「自然」ですか。
平野:私は、自分の作品をしばらく見ているとだんだんと眠くなるのです。この作品がもつ形が自然物に近い形だからなのではないかと、いいように考えています。自然がつくり出す形は、とても不思議だと思います。そこには秩序なんてないように見えます。しかし、良く観察するとしっかりとした秩序があり、必然性があり、とても美しい。人の手でそれをつくることは、とても難しいことです。私は人工物となってしまったものを、私の手で自然物に近い状態に戻してゆきたいとも思っているのです。
(2008.4 取材/宮田徹也)  

 

平野 薫(ひらのかおる)
1975 長崎生まれ
2003 広島市立大学大学院芸術学研究科博士後期課程
2003 総合造形芸術専攻修了
2005 新・公募展入選
2006 shiseido ADSP入選
2007 shiseido art egg 賞受賞

〈個展〉
1998 STUDIO SAKO 広島
2002 ギャラリー Q 東京
2003 広島市立大学芸術資料館
2004 ギャラリイ K 東京
2005 ギャラリイ K 東京
2006 「アレンジメント」東京日仏学院ギャラリー
2007 「エアロゾル」資生堂ギャラリー 東京
2007 SCAI X SCAI 東京
 

 

〈グループ展〉
2001 「アートクロッシング広島 プロジェクト 2001 スプリング」
2001 広島市立大学芸術資料館/紙屋町地下街シャレオ 広島
2002 「四人展」 大和ラヂエータ‐製作所 広島
2005 「新・公募展」広島市現代美術館
2005 「ギフト オブ ヒロシマ アートククロッシング広島プロジェクトウィンタ‐2005」
2005 ブラウンシュバイク芸術大学 ドイツ
2006 「糸と布のかたち」横浜市民ギャラリー 神奈川
2007 「旧中工場アートプロジェクト 2007」旧日本銀行広島支店/旧中工場 広島
2008 「布をめぐる旅」高松市歴史資料館 香川
2008 「OFF SITE 2007 平野薫/sullen 」横浜美術館 神奈川