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個展中、一人の麦わら帽子をかぶった田舎風の中年男性が来て、熱心に作品を見ていた。 柳先生の知人らしい。
「ソウルで個展をしたとき知り合ったのがこの六岑さん。日本の個展で知り合ったのがもぐら庵さん。どちらも大事な人と出会いました」。
柳先生は “縁” を強調されて、
私に紹介してくれた。
六岑さんはお坊さんで書家、詩人らしい。
こざっぱりした身なり、韓国人らしい風格。たくましくて、素朴。麦わら帽がこんなに似合う人を初めて見た。
そして話し方は実に穏やか。私の作品を見ていて「池大雅(江戸時代の水墨画家)に似ていますね。」興奮した様子でもなく、淡々と声をかけてきた。
意外な感想だった、私のどこが池大雅に似ているのだろう。他にも話の中で、良寛やいろんな日本人の名前が出てくる。みな江戸時代の人たちだ。通訳の人が「六岑さんの暮らしている家は、もぐらさんの庵とよく似ているそうですよ」という。多分、私の家のイメージを言っているらしい。
文化部の人たちと昼食を食べながら、「昼から名所旧跡を案内しますが、どこが良いでしょうか」などと話をしていると、六岑さんから電話が入った。「私の庵に来ませんか?」と言うのだ。私は一も二もなく「ぜひ行きたい!」と返事をした。ただ高速で1時間半以上はかかるような、かなり田舎らしい。
TV局のワンマンバスを借りて、柳先生と一緒に田舎へ田舎へと向かっていく。運転手は思いきり高速を飛ばす。車窓に流れる風景は日本とそれほど変わらないが、家々は土や煉瓦でできていて、古い民家が多い。そしてどの風景にも、間近に山々が迫ってくる。大邸(テグ)の街を出る時は蒸し暑い盛夏のようだったが、郊外へ向かうにつれて初夏になり、六岑さんの庵の近くになると初春のような、のんびりとした風景に変わっていく。
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やがて車一台がやっと通るくらい、道路はだんだん狭くなり、さらにクネクネとした道を登ってゆく。
山の中腹で車を降り、そこからさらに歩いて登っていく。
あたりは、私がよく行く奈良の奥山の風景に似ている。花が咲き、空気も小川の水も澄んでいる。石積みの塀には古い木の扉、六岑さんが自分で建てたそうだ。 |
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古式の便所、これも一見に値する。
もちろん電気など通っていない。
建物や蔵の一つひとつが文化財に見えてくる。
丘の上のあぜ道で女性が二人、花を摘んでいた。あたりの風景とはあまりにも似つかわしくないファッショナブルな白い服……だが、映画の1シーンを見ているようだった。
あとで聞くと、六岑さんの知り合いでソウルから来た女性と隣の山里の女性らしい。ここに来るためには遠路遥々、大変な思いで訪ねたのだろうと思うと、胸が熱くなった。
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