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■修練途上
今回紹介した『海』の第76号(昭和13年1月発行)の巻末に「編輯雑感」という記事がある。この時期に編集を担当していた大阪商船の今道潤三が、発行の意図や編集方針を記述しているものだ。
今道は明治33年に長崎県に生まれ、京都帝国大学を卒業している。大阪商船では南洋部長を務め、戦後はラジオ東京(現TBS)で社長となった。海運会社が総動員体制に向かうなかで、雑誌という媒体をいかに位置づけていたのかが判り、興味深い。
「編輯雑感」において今道は、大阪商船社長であった村田省蔵が著した「國際海上運輸」から文章を引用している。村田は、日中戦争に際して、海運の戦時体制確立を主張、海運自治連盟を結成し理事長に就任、昭和15年には逓信大臣兼鉄道大臣になった人物だ。
村田は、日本の海運政策における重大事項として、「海事思想の普遍化を圖ることは蓋し現下の急務である」と述べ、また「海運が文化の先駆者として、文化の顯揚に、民人の福祉に、將た又國富の増進に偉大なる貢献をなし、平時と戰時とを問はず極めて崇高なる使命の下に活躍してゐる事を國民の腦裡に深く刻みつけたいものである」と述べた。 
今道は、村田の「この主張の一部」を具現する目的、すなわち「海事思想の普及」という「大理想」のもとに、『海』は発刊されたと位置づけている。そのうえで、次のように続けている。
「『海』は其の道の専門的雑誌製作家によつて編輯せられて居るのではない。貨物を扱つたり船客事務に從事したりしてゐたものが海運人としての『修練途上』に於てしばらく此の仕事に交るがわる當らされるのであつて、玄人の様な専門的な力もないしまた玄人の眞似をし様とも思つてゐない。然かし雑誌製作の技巧には素人でも海運に關しては少なくとも此の仕事の監督者達は素人ではない。我々は海事思想を出來るだけ普及せしむると言ふ熱意に燃へて出來るだけ素人の良い味を出したいと努力して來たし、今後も其の方針のもとに努力するであらう。此の點はよく諒解しておいて戴き度いのである。」 
「一流中の一流」の方々からの寄稿がある点を感謝しつつ、専門の編集者ではなく、大阪商船の社員が担当している意義について、このように誇らしげに説明している。
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