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 コスモス保育園の園長先生は、年のころは七十歳前後と思われる女性だが、誰が見ても、忘れることのできない風貌をしている。美しいか醜いかと問われれば、十人のうち十人が醜いと言うだろう。

 顔のところどころに、かつて出来たできもののあとが幾つも残っている。皮膚が盛り上がって、年月の経過とともに色素沈着をおこし、顔全体がまるで月面のようだ。

 まぶたはだらりと垂れ、そこからかろうじて見える瞳の、片方はすでに白く濁っていて、完全に視力を失っている。もう片方の目は、誰かが「見えますか」と聞くと、「かろうじて見えていますよ」と答えるものの、「何が見えますか」と聞き直すと、「何も見えない」と言う。文字や写真などを見る時、ほとんど顔がくっつきそうなくらい近づけている。

 若いころにかかった細菌性の病気が原因だというが、園長自身が詳しく話さないものだから、誰もそれ以上、たずねない。最初は関節の痛みで始まったらしい。年齢とともに次第に慢性化し、今は症状も穏やかなものとなったという。それでも、皮膚に残ったあとが酷いものだから、最初はどの園児もぎょっとする。なかには園長を見ただけで泣きだしてしまう子供もいる。送り迎えの父母たちはなおさらだが、不思議なことに、園長先生は、誰のどんな反応にも、ほほえみで返し、ごく普通に挨拶をされる。

 先生、イボガエルなの? と聞く子が毎年いる。そばにいる親のほうがあわてふためく。子供には悪意はない。とっさに思いついた「似たもの」を口にしただけ。ええ、そうよ。わたしはイボガエルの国から来たの。仲間たちがたくさんいるのよ。仲良くしてくださいね。

 園長先生が、少しの嫌味も自己卑下も感じさせない、優しい声音で言うものだから、やがて幼児たちは心を開く。なかなか慣れないのは、むしろ大人たちのほうかもしれない。

 卒業してからの日々、タイボクは、何か困ったことでも起こらない限り、めったに保育園には足を向けなかったが、何かがきっかけになって、意識にふっと、あの園長先生の「顔」が浮かぶということがあった。

 タイボクは園長先生からほとんど叱られたことがない。タイちゃん、タイちゃんと、よく頭をなでてくれた。よく目が見えないはずなのに、なぜ自分とわかるのかが、タイボクは不思議でならなかったが、園長先生は、「匂いと声でわかるのよ」と言った。

 先生は、動物のように、くんくんと園児たちのからだに鼻を近づけて、匂いを嗅いだ。園児だけでない。園長先生の周りにある、机や本や壁や電話機などに対しても、くんくんとその匂いを嗅ぐのだった。相手が大人だったら、嫌がられたかもしれないが、幼児たちは面白がった。

「先生、オレの匂いってどんな匂い?」
「そうだねえ、タイちゃんの匂いは石鹸とバニラエッセンスと森が混ざったような匂いだネ」

 まだママが家にいた頃の話だ。

 自分の匂いというものを、自分では嗅ぐことができないのが、不思議といえば不思議だった。

 その日、学校が終わったあと、タイボクの足は、園に向かった。

 困ったときはいつでも来ていいと言われていた。けれど、実際に足を運んだことは、数えるほどだ。恥ずかしいじゃないか。もう卒業したのに。いつまでたっても、そんなチビがうじゃうじゃいるところに行くのは、どうしたって、かっこ悪い。

 それでもタイボクは園に着くと、黙って目で園長先生を探した。先生は、玄関脇にある職員室の、一番奥の椅子に、置物のようにちょこんと座っていた。タイボクに気づいた副園長の元吉先生が、園長先生の肩をちょんちょん、とたたく。

 園長先生の月の顔が、タイボクのほうに向けられた。

「オレです、タイボクです」

 わざとはりきって、大きな声を出す。

「あらまあ、めずらしい。タイちゃん。久しぶりだねえ」

 元吉先生が、手招きをするので、タイボクは靴を脱ぎ、園長先生のそばへ行く。

「どうしてるの。いま何年生だったっけね」
「六年です」
「ほお。来年は中学生か。どれどれ」

 園長先生が鼻をくんくんさせたので、元吉先生が、ふふっと笑った。

「大人になったんだねえ。あんまり臭わないよ。昔はあまーい、食べたいような匂いがしたものだけど」

 元吉先生が、無臭ですかと、タイボクに代わって問いかける。

「そうねえ、どうしたのかしら、匂いがないわ。きれいにしてもらっているんだね」
「まるでむかしは汚かったみたいだわよね」

 元吉先生が、タイボクに同意を求めるようにつぶやいた。

 さあ、おいで。園長先生は、そう言うと、タイボクの服をつかみ近くに引き寄せた。
            
→20へ続く