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「伊達ってさぁ、何考えてるか、わかんないんだよね」

 花はそうして伊達の苗字を、当たり前のように呼び捨てにした。

「おとなしいやつだからな、確かにわかりにくい」
「そーいうのじゃないの。何考えてるかわかんないっていうのは、何か悪いことを考えてるっていう意味」

 花はときどき、おそるべき世間知を展開する。そういうものなのかと、タイボクは妙に感心して、花の顔をまじまじと見つめる。

「やつ、最近、いらついてるな」
「うん。伊達ってさ、基本、いい子なんだよね。いや、いい子仮面をつけてるだけで、相当悪い子なんだよね。成績も全国模試で名前載るほどだけど、それは表の顔。裏じゃ、やくざ以下だよ、やばいよ、伊達」

 やくざ以下とはどういうことか。花こそ、普段は、かわいい子を演じている、やばい小学生なのではないか。タイボクは花すら、よくわからなくなった。

「やくざ以下ってどういうこと? どう、やばいの」

 そんなふうに聞く自分がまるで赤ん坊のようだ。一方の花はお姉さん、いや、近所の、何でもよく知るおばさんのように頼もしい。

「ひとの消しゴム盗んで、当人が困ってんのを見てよろこぶとかさ、このあいだなんかは逆に、見つけてやったふりを装ったんだよ。相手はありがとう、なんて伊達に感謝しちゃって、伊達はそういうときも、礼を言う相手をバカにしてるんだ。だけどあたしは黙ってた。面倒に巻き込まれたくないからさ」
「清崎との喧嘩は何か知ってる?」

「ああ、あれね、伊達は自分以外の、ほとんどすべてのニンゲンを、ものすごく下に見てるんだよ。ほったんはそこにあるんじゃないかな。伊達が頭いいのはわかるけどさ」

 伊達はしかし、自分でそういうことを決してひけらかすことはない。

 先生に何か質問されれば、いつだってたちどころに、正解を導き出す伊達。それでも、花が言うように、全国模試に名前が載るほど優秀だと聞いたときには、正直、驚いた。それも一桁台らしい。すげえなあ。伊達には伊達の、自分とは全く違う世界が広がっていることを感じて、タイボクはタイボクで、彼をはるか遠くに仰ぎ見ている。

「伊達はひらりなんかも、ばかにしてるよ。でもひらりは、それに気づかない。伊達くん、伊達くん、ってかわいがってるよね。ああ、あわれなひらり。一生、騙されてるんだろうね。伊達ってさぁ、人の欠点とか弱みを一瞬で感じ取る能力があるんだよ。そのひとが一番、言われたくないことを、すれ違いざま、小さな声でささやくんだって。何を言われたのかわからないけど、たぶん、清崎もそうだったんじゃないの、相当ひどいことを言われたんだ。だからあの喧嘩は、あたし、清崎のほうに同情するな。同じワルでも、清崎のほうがわかりやすくて、かわいいじゃん」

 花は女だから、清崎の暴力や悪態が、どういうものかはわからないのだ。あれはあれで、そうとうひどい。同じようなものじゃないかと、ちらっと思ったけれど、花がめがねの縁を、ついっと手でおしあげる、その冷静な仕草になんだか見とれてしまって、何も反論できない。

「問題はさ」と花は言った。

「伊達のお母さんがなーんにも知らないってことだよ。うちとこのお母さんと、伊達のお母さんって仲いいんだよ。伊達のママ、すごくきれいなんだよ、知ってる?」
「知らない」
「いっつもにこにこしてて、おじょうさまみたいなんだよ。伊達のこと、たつるさーん、って呼ぶんだ。自分の息子なのに、お客様みたいに扱うんだよ」

 花の声は、心なしか低くなって、だんだんといじわるな魔女のようになってくる。

 タイボクはふと、孤独なやつ、と思う。

 伊達ってすごく、孤独なやつなんじゃないかと。

 相手の嫌がることを、耳元にこっそりささやくという伊達。そうやって相手に火をつけても、結果として自分に攻撃が向かってくるわけだから、日頃のウップンを晴らすにしても、それはあまり、頭のいい方法ではない。タイボクはそこまで思って、でもそれを、うまく言葉にはできずに、ただ花の顔を見つめる。

 そうしてふっと、山田塾の、まだ会ったこともない「じっさん」先生のことを思い出した。山の奥にでも住んでいそうな、伝説の「じっさん」先生。背中はちょっと曲がっているかな。目は笑うときっと細くなるんだ。優しそう。だが油断は禁物だぞ。

 逢う前から、タイボクは、いろいろな想像をめぐらせていた。
            
→27へ続く