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 タイボクのお父さんにはすぐに繋がった。

「で、ともかく、いるんですね? そこに? 無事なんですね?」
「ええ、ええ、ご安心ください。確かに無事にここにいます。さっきも言いましたように、朝、来たら息子さんがいたんです。昨日の夜は見回りをしたんですが、奥まったところにいたのでわからなかったんです」

 男は少し嘘を交えながら言い訳を繰り返し、子供が何の問題もなく、無事であることを強調した。

「すぐに伺います」

 雷が百個くらい落ちてくることをタイボクは覚悟していたのに、やってきた父は、青黒い顔をして、タイボクを見ても、何も言わなかった。

 父は男に深く頭を下げた。

「お世話になりました。すっかりご迷惑をかけてしまったようで、申し訳ありません」

 家のなかでは、日頃威張っている父も、世間の人々に応対するときは、驚くほどへりくだることをタイボクは知っている。ときどき、そこまでへりくだることはないのにと、自分の父ながら複雑な気持ちになる。

「……とにかく、朝、来たらそこに寝ていて、昨日の夜は、奥まったところにいたので……」  

 タイボクは、同じことばかりを繰り返す男を少しばかり軽蔑しながら、ベッドの残骸を呆然と見下ろした。手にとって、本棚へ戻し始める。それを見た父も手伝い出したが、

「だめだよ、とうさん、一からそろえているんだから。ぼくが巻数を言うから、床にあるなかから、その数字のついた本を持ってきてよ」

 いつのまにか立場が逆転していた。父は「わかった」と言い、そして男も、「わたしも手伝いますよ」と言って、タイボクの手下となって働いた。寝台はそうして本に戻り、一冊一冊、古事記、日本書紀、風土記、万葉集などと名を与えられ、本来の本棚へ舞い戻っていった。

 四十冊くらいあっただろうか。

 奥のほうに、チョコバーの包み紙が散乱しているのを見た父は、あれはおまえのか、とタイボクに聞く。タイボクはうなづき、走っていってゴミをポケットにいれる。胸がいまさら、どきどきする。

「わたしは図書館の司書じゃないんです。当図書館の責任者は別におりますから、事務室へご案内します」
「あ、そうなんですか。わかりました。失礼ですが、おたくは」
「わたしは管理会社の者です」
「はあ、そうですか」

 父が改めて、タイボクを促し、二人はそろって、男に頭を下げた。目をあげたとき、タイボクは壁にかかった時計に気がついた。午前九時。学校はとっくに始まっている。自分がいま、世界の外側にいることを、タイボクは強く感じていた。どこもかしこも、よそよそしかった。

「とうさん、学校が……」
「心配するな。気にしなくていい。学校にはさっき、連絡した。どこか痛いところはないか。だるくはないか。なければ、今日は遅れていきなさい。休んでもいいが、とうさんも会社に行かなければならないんだ。きのうは、タイボクがいなくなったというので、ちょっとした騒ぎになってな。だけどもう、大丈夫だ。ほんとなら、とうさんも仕事を休みたいところだが、少し遅れて出勤する。悪いな、タイボク」

 謝る父を初めて見た。ような気がした。

「ごめん、とうさん。そんな騒ぎになっていたなんて」
「いや、いい。こうして無事だったんだから」

 父はタイボクを見た。きょときょとした目が、今朝は暗く沈んで、いつもより大人びて見える。タイボクもまた父の目を見た。いつも疲れた顔をしているが、今日は目が血走っていた。

 事務室の責任者に頭を下げたあと、二人は駅前へ向かい、チェーン店で三百五十円の朝定食を食べた。

「こいつには、ソーセージも付けてやって」

 サラリーマンたちに混ざると、タイボクは、自分がどこから見ても小学生だということに、居心地の悪さを覚えていたが、そんな彼に目を留める者など、誰一人いなかった。朝から疲れきったおじさんがいた。頭はぼさぼさで、いかにもふけだらけ。背広だってよれよれだった。かっけえなあ、と思った人もいる。若くて、おそらく一人暮らしだろう。食べる物を食べると、さっと席をたち、せびろを帆のように翻して店を出ていった。タイボクは大人になったら、ここで再び、朝飯を食べようと決心した。そのときはソーセージに加えて鮭も付けてもらおう。焼き鮭はプラス二百円。ちなみにソーセージはプラス五十円。そして朝だけは、炊きたての白米が、何杯でも無料なのだった。
            
→8へ続く