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故 平山郁夫氏「お別れの会」






昨年12月に79歳で亡くなった日本画家・平山郁夫画伯の「お別れの会」が芝公園のザ・プリンスパークタワー東京「ボールルーム」で執り行われた。午前11時に開式し、会場には故人を偲んで美術界はもとより、政界、財界、各国大使など2,000人以上が参列した。


「仏教伝来」1959年
169.8×221.6cm  二曲一隻
山根基世さんの司会進行により、まず全員で黙祷をささげ、東京芸大音楽科の教員達による演奏、司会による平山氏の経歴紹介、つづいて、日本美術院理事長・松尾敏男氏、東京芸術大学学長・宮田亮平氏、第8代ユネスコ事務局長・松浦晃一郎氏の順に弔辞が述べられた。
 鳩山由紀夫首相、胡錦涛中国国家主席、大英博物館館長の弔電が披露され、その後、三笠宮崇仁親王、松尾敏男氏、宮田亮平氏、美知子夫人ほかの遺族、各国大使の献花に続き、一般参列者それぞれの想いを込めた献花が厳かに行われ、故人と最後のお別れをした。
 

「文明の十字路を往く−アナトリア高原 カッパドキア トルコ−」2009年
 
平山郁夫(ひらやま いくお)
 日本画家・文化勲章受章者。
 1930年(昭和5年)6月15日広島県の生口島(現尾道市瀬戸田町)に生まれ、旧制中学3年15才の時、学徒勤労動員先で被爆。1947年、東京美術学校(現東京芸大)日本画科予科に入学。
 卒業後、同校の助手を務めながら、日本画家の前田青邨(せいそん)に師事。1953年院展初入選、原爆の後遺症に苦しみながらも1953年、玄奘三蔵を描いた「仏教伝来」で高い評価を受けた。その後、仏教やシルクロードをテーマとした作品がライフワークとなった。作品の根底には、常に平和を希求する平山の思いが込められていた。
 また、旺盛な制作のかたわら、法隆寺金堂や高松古墳の壁画模写、中国・敦煌の石窟寺院や北朝鮮・高句麗壁画古墳、カンボジア・アンコールワット遺跡、アフガニスタン・バーミアン遺跡などの修復・保護活動にも取り組み、「文化財赤十字」構想を提唱、活動は国内外に及び日中友好にも貢献、ユネスコ親善大使など文化外交に尽力した。
 日本美術界の指導者としても、日本美術院理事長や東京芸大学長を2度務めるなど、最後までその情熱を注ぎ込んだ。2009年12月2日午後0時38分、脳梗塞のため都内の病院で死去。
 

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