山本タカト 幻色のぞき窓
高橋美江 絵地図師・散歩屋
窪島誠一郎「ある若い画家への手紙」−信州の二つの美術館から−
新刊・旧刊「絵のある」岩波文庫を楽しむ 文・坂崎重盛
橋爪紳也 瀬戸内海モダニズム周遊
もぐら庵の一期一印



西鶴自身が描いたという挿画入りの『好色一代男』。画文あいまって、世之介という可愛い男の一代記。立派なものです。  
西鶴さんは、こんな風姿の人だったのですか。昭和2年春秋社刊『現代語西鶴全集』の表紙絵。
 ついにここに到ったか。何度か手にして、読もう、と思ったのに、その都度、途中で投げだしてしまった、この、「絵のある」、『好色一代男』。
 江戸の軟文学なのだが、戦後、いろはを覚えた輩(私のこと)には、まるで手におえない。
 実は、江戸時代どころではない。近代、明治の文章だって最初は、珍文漢文(チンプンカンプン)。
 たとえば樋口一葉の『たけくらべ』が読めない。あなた、読めます?
 明治文学通か研究者ならばともかく、あの文体、ふつうの読書人が、スラスラと読めるかしら。
 一葉の文章、私はちょっと難儀をした結果、自分なりの、あるコツをみつけました。
 それは、あの文章をいきなり理解しようなどと思わず、まず、一つのセンテンスを、やたらめったら句読点を入れてしまう。なに、少しぐらいアバウトでもいい。とにかく、プツプツに切ってしまう。
 これは一葉さんの、せっかくの文章を台なしにするかもしれませんが「読めない」よりはいい。また、こうして句読点を入れてゆくと、なんと音読するのにも適してくるのがわかる。そして、何回かくりかえし読んでいるうちに、だんだん一葉さんの文体のリズムが心地よくなってくる。
 このコツで私の「明治の文体恐怖」は少しはやわらいだ。
 で、この『好色一代男』だ。
   
  これが『好色一代男』の第一話の挿画。7歳の世之介、腰元の袖をつかまえている。この早熟な男の子の行動は?   これぞ有名な1シーン。なぜ行水中の仲居さんが、ノゾキの世之介に手を合わせてお頼みごとをしているかというと……。  
 岩波文庫のページを開くと、いきなり目に飛びこんでくるのは、読点(いわゆる〈、〉)はなく、すべてが(〈。〉の)句点の異様文体。
 一つの文章が、はたして、どこで終わり、また始まるやらが、まるでわからない。まあ、文楽・浄瑠璃の丸本(台本)のつもりで読めばいいのかもしれないが、そもそも、その丸本だって読めないのだからお手上げなのだ。
 そこで、思い出したのが、私の、明治本を読むコツ。ともかく、句点の〈。〉のところに、読点と句点と思われるところにサインペンで、トントントントンと印をつけていってしまう。
 やってみると、これでかなり楽になった。で、『好色一代男』が、我が読書の楽しみとなったか、というと、いやいや、やっぱり、それほど甘いものではない。
 まず、当時の、風俗用語や、文章省略のスタイル、パターンなどがわからない。類書を多少なりとも読んでいれば見当もつこうというものだろうが、このテのテキスト、身を入れて読んだためしがない。
 
   
  「髪きりても捨てられぬ世」の挿画。後家さんの愛欲のその結果は。障子の穴からのぞく人。おや!籠の中には赤ちゃんが?   ハッシ!と割木で脳天をぶちたたかれる世之介。世の中、浮気な女ばかりではないことを思い知る。「女はおもはくの外」の章。  
 すがる思いで、文中の各話ごとに挿入されている木版による挿し絵をながめる。この挿画が、他ならぬ西鶴自身であるらしいことはすでに承知している。
 ということは、文章と挿画は、付かず離れずにあるはず。つまり挿し絵は文章のヒントになるはずである。
 挿画をじっと見る。
 うまいなぁ、西鶴さん。人物も可愛らしく描かれている。
 しかし、これら挿画をじっくり見て、この項の文章にあたっても、やはり。なかなか話の筋さえ追えない。
 ダメだ。私のような初心者向けの、くわしい解説のついた本をさがさねば。と思ったところ、窮すれば通ず。
 思い出した。格好の口語訳があったではないか。本棚の一隅、「絵のある」中公文庫の背文字をたどってゆく。
 あった、あった、しかも二冊も。
 吉行淳之介訳『好色一代男』(昭和五十九年刊)。
 この本、訳者が他ならぬ吉行淳之介というところが、なんとも適任というべきだろうが、(私は、暉峻康隆(てるおかやすたか)でも、宮尾しげをでもよかったのだが)、とくに巻末の、「訳者覚え書」と「世之介とは何者」(これが100ページを超える力業)が訳者・吉行先生の本気ぶりがうかがえて、ほほえましくも心強い。
 
   
  桐の挾箱(はさみばこ)を肩にした従者をしたがえての美男の香具売り。しかし本当の“売り物”は他でもない……。   これはこれは、大原の里の年中行事「ざこ寝」に世之介も乱入。老若男女の一夜の乱交ぶりの、そのてんまつは。  
 岩波文庫の校訂本、中公文庫の口語訳の二冊をとっかえひっかえ読み交わし、また、両書の解説を読むと、この『好色一代男』が、『源氏物語』や『伊勢物語』をふまえての構成となっているという。
 それにしても……内容はかなり露骨であったりキワドイ状況が活写されていますよ。
 たとえば──まずは、これはもう、諸兄、その挿画でご存知の「人には見せぬところ──ぎょうずいよりぬれの事」(世之介九歳)や空閑の夫人に取り入る「髪きりても捨てられぬ世──後家なびける事」(十五歳)や、こちらはなんと江戸のオージーパーティ「一夜の枕物ぐるい──大はらざこ寝の事」、はたまた、ここに書くのは少々はばかる秘具も登場する「替った物は男傾城──江戸屋敷方女中の事」などなど、もう、ほんと、さすがは名にし負う世之介、まさに、よくもまあ、やりおりはべり、といった奮戦ぶり。
 しかも、話のうち、首尾がよいものばかりではなく、少なからず痛い目、みじめな目にもあっている。そして、全体に流れる、滑稽感と軽めの無常感。
 七歳にして色にめざめ、その最終章、これまた、よく知られる「床のせめ道具──女護の嶋わたりの事」の(六十歳)まで、交わった女人三千七百四十二人とか。
 ん?3742?──私の好きな語呂合わせでゆけば、「皆死に」ではないか!
 
   
  牢屋に入れられてしまった世之介だが、隣の牢に美しい女が。そこで世之介、格子ごしに彼女と事におよぼうとするが……。   これまた有名な1シーン。性具、強精剤、山ほど積んでの「女護の島」への渡海。さて、その行方は。  
 この世之介の物語は、女性のお赤い腰巻を船の吹き流しとし、さまざまな強精剤や女性を喜ばせようという性具のあれこれを積んで、同好の士と「女護か島」に船出するのだが、はたして、世之介の心中、本当に、いずこかの島をめざしたのか?あるいは……。
 このあたり、吉行説には、あの『暗室』の作家だけに、説得力がある。
 あれや、これや、『好色一代男』のテキストを往来した後、その挿画を改めてじっくりと見ると──西鶴、なんとも好ましいエンターテナーであることが、半可通にも伝わってくる。
 一夜に二万三千五百句を作ったという(貞享元年六月)俳諧師西鶴のプロフィールは、ここではふれずにおく。
 
 この連載は今回の稿をもって、とりあえず一区切りとします。もちろん「絵のある」岩波文庫は、まだまだあります。では、またどちらかで。  
坂崎重盛(さかざき・しげもり)
■略歴
東京生まれ。千葉大学造園学科で造園学と風景計画を専攻。卒業後、横浜市計画局に勤務。退職後、編集者、随文家に。著書に、『超隠居術』、『蒐集する猿』、『東京本遊覧記』『東京読書』、『「秘めごと」礼賛』、『一葉からはじめる東京町歩き』、『TOKYO老舗・古町・お忍び散歩』、『東京下町おもかげ散歩』、『東京煮込み横丁評判記』、『神保町「二階世界」巡リ及ビ其ノ他』などがあるが、これらすべて、町歩きと本(もちろん古本も)集めの日々の結実である。困ったもんです。
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